きっかけは"食べる"ということから③

こんにちは、管理栄養士の木富です。
前回はあるご入居者のご家族との出会いと私自身の経験から、施設に対する家族の気持ちについて書いてみました。
そんな気持ちを受け、介護現場では何ができるのか、考えていきたいと思います。
5.家族の要望
6.介護現場の慣れ
7.理想を実現するためには?

5.家族の要望 

Aさんのご家族が求めていることは、高すぎる要望なのでしょうか。
Aさんのご家族は、口から食べることを簡単には諦めなかっただけなのです。でもこのことは、施設にとって驚くほど大変なことでした。
硬いものが食べられなくなったら刻み、それがむせるならトロミをかけ、それも食べられないならミキサー食、ゼリー食、栄養補助食品など…それが無理ならば口から食べることは諦めるしかない…
そんな風に介護現場の習慣化された流れを崩したのがAさんのご家族でした。

例えば、赤ちゃんの離乳食だったら、離乳初期のゴックン期、中期のモグモグ期、後期のカミカミ期、赤ちゃんの成長とお口の状態に合わせた調理をするでしょう。
かわいい我が子のために、野菜をクタクタになるまで茹でたり、歯が生えていないお口で潰せるくらいに柔らかく煮たりします。
そして、内容にも気を付けますよね。
できるだけ手作りで、添加物を使わないように原材料を確認したり、季節感や楽しく食べてもらうように彩りを考え、もちろん成長に必要な栄養も考え、元気で大きくなってほしいと願いながら作るはずです。
でも、高齢者にはなんとなく冷たさを感じてしまうのはなぜでしょうか。
(まぁ、大人になると、赤ちゃんのような素直さがなくなり、何も知らなかった赤ちゃんとは違い、味も好みがありますし、頑として口を開けてくれない時は、無理やりこじ開ける訳にも行かないし、本当に困ってしまうのですが…)

さて、Aさんの要望を聞いても施設の厨房では"習慣化した''食事以外の対応はしていませんでした。
していなかったというより、''できない"という拒否反応を示していました。
Aさんのご家族は、施設にはプロの調理師がいるのに、なぜ食べれない人のために工夫ができないのか、疑問に思ったそうです。
Aさんのご家族は、介護施設には、食べる機能が低下していく高齢者の食事の調理を、専門的にできる調理師が働いていると思っていたのでした。
このことにも改めて考えさせられました。

厨房スタッフを採用する時は、まずは普通食がおいしく作れる技術があるかを基準としていて、個人対応の部分は初めはできなくても、徐々にできるようになればいいと考えていました。お元気な方からの食事へのリクエストの方が圧倒的に多いので、そちらを優先して考えていたのです。
だけど、このことがあってから、私の中で何かが変わり、なんとも言えないモヤモヤで頭の中がいっぱいになりました。
普通の食事をおいしくするのは当然で簡単なことなのだ、食べられなくなって来た方たちの食事をおいしくする方が難しいのではないか、むしろ、ここの部分のお料理をおいしく充実させなければ、最期まで口から食べることを支えられないのではないのか?と…

6.介護現場の慣れ

これまで私たちは、その方1人ひとりの食べることに向き合って、その都度適切な対応をして来たつもりになっていましたが、私たち介護に関わる人が食べられなくなることに慣れてしまいいつのまにか介護をする側の都合のいいように、刻んでもミキサーにしてもダメならこれ以上は無理と、自分たちの業務を増やすことを避け、入居者のカラダの限界なのだと勝手に決め付け、そして、そういうものだと諦め、習慣化された順番に次の段階を勧めようとしていたのではないでしょうか。

そういう私自身も、施設の厨房は余裕のない人員の中で、食数も多く忙しいから、これ以上望めない、望めばスタッフから反感を買うのではないか、と深く踏み込むことに躊躇し、落としどころとして、メーカーが作っている冷凍素材を取り入れたり、献立の1品を栄養補助食品に代替えしたり…厨房スタッフの調理に手をかける負担を減らして、介護スタッフの食事介助の時間を減らせて、とりあえず"やってます"という体裁だけ整えるような、中途半端なことをしていました。
ご本人が本当にそれをおいしいと思って食べているとは限らなかったにもかかわらず…です。本当に最期まで口から食べることを支援するなら、既製品を使う前にまだできることがあったはずなのに…

7.理想を実現するためには?

このように書いたらきっと、
そんなの理想、
入居者は1人だけではない、その方だけに時間はかけられない、
そこまで言うなら施設に入れずに自分の家で介護すればいいじゃないか、
と言う声が聞こえて来るようです。

もちろん理想ですし、働く人は常に足りず、介護職員や厨房スタッフたちのレベルも初心者からベテランまで経験・技術・知識的にも差が大きく、必ずしもスキルの高い人が介護度の重い方のケアに入れるわけではない状況の中、シフトを回さなければいけないため、理想論だろうと言われることは、重々承知の上で書いています。

でも、これでいいのかな?と思うことが大切なのではないでしょうか。
すぐには変えられなくても、自分自身や仲間に問いかけ続けることが大切なのではないかと思っています。
細かいことまでリクエストする、施設にとっては大変な方が居たとしても、『どうしたらできるだろう?』と考え、もし何か実行できたら、それは自分のチカラになるはずです。
次に同じようなケースがあった時にはきっとその経験を活かせるはずです。
そんな風に前向きになっていけたら良いなと考えています。

食べる口を作る swallow

管理栄養士の木富れい子です。 いつまでもおいしく『口から食べたい』 という思いに寄り添い、 『食べる口を作る』取り組みをしています。 加齢により、食べる機能が低下して、 おいしく楽しいはずの食事が、 “誤嚥性肺炎” “窒息”など、 命を奪う悲しいものになることもあります。 摂食・嚥下にかかわる管理栄養士として今までの経験で得たこと、日々の気付きなどを 発信して行きたいと思います。

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